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日本の室礼

古来より日本人は、神が自然のものに宿る「八百万の神」という神道を宗教としています。神聖なる自然と共生するという考えです。
平安時代には、お祝いの宴を催すハレの日などに来客に失礼がないよう、そして一人ひとりにご満足いただけるよう心をこめて自然を取り入れながら室内装飾に趣向を凝らしていました。この日本古来のおもてなしこそが「室礼(しつらい)」という文化です。
室礼の調度品のなかでも、日本人の精神が息づく希少な存在と言えるのがすだれです。

平安時代から伝わる御簾は、神域と俗界を隔てる「結界」の仕切りとして、神社仏閣において千年以上の時を経た現代でも使われています。天然素材の竹を使用し、手作業でつくられるすだれは、自然万物を神とする日本人の精神をあらわした神聖なものなのです。室礼は、平安時代の寝殿造り建築で見られる壁代や几帳とならび、御簾による室内装飾という意味合いから、二十四節ごとに季節の盛り物を室内に飾るという年間行事に変遷しています。その際の来客への心遣いであるおもてなしの精神は、室礼文化から伝わり、日本人に根付いています。高貴な役目と流れを汲む工芸品であるすだれは、現在でも同じ製法でつくられており、日本の室礼文化を代表する上質な調度品といえます。

すだれの歴史

日本におけるすだれの歴史は、少なくとも奈良時代にまでさかのぼります。
すだれは、日本に現存する最古の和歌集である万葉集にも詠まれた風情ある調度品です。平安時代には「御簾(みす)」とよばれ、貴族文化における寝殿造りのすまいの仕切りとして欠かせない調度品でした。
古代の日本において竹は、主に九州地方のみに植生していたとされ、貴重な植物でした。「竹取物語」に代表されるように、竹は神の依代であると同時に呪力を持つと考えられていました。その貴重な素材である竹からつくられたすだれは、明治時代以前まで大衆の使用が禁じられていたとされています。一方で葦や蒲の芯材を使用した「すだれ」は「簀(す)」と呼ばれ、主に日除けや目隠しとして大衆も使用したとされています。神聖な竹でつくる御簾とは明確に分けられていたと考えられています。

すだれの語源は、経糸(たていと)とヒゴ状の竹や葦素材で編んだ生地を「簀」といい、それを垂らしたものを「簀垂れ(すだれ)」といったことから始まります。
平安時代以降、寝殿造りから書院造、江戸時代以降、近代住宅は、数寄屋の在来工法建築からマンションなどへ多様な住宅へ変遷してきました。それに伴い内装も、襖や障子から洋風のドアに変化していきますが、江戸時代まで大衆の使用が禁じられていた御簾は、奈良時代から伝わる原型をほぼとどめています。室町以降普及する襖や障子より歴史が古く、現代に継承される日本でも数少ない室内高度品であり、日本の伝統工芸品です。

日本のすだれ

すだれは、大きく2種に分けられます。
ひとつは御簾やお座敷すだれを主とした室内の調度品と、軒下に提げる日除け用途の実用品の2種類です。
日除けすだれは、現在輸入品がほとんどで国産は僅かに残っているだけです。しかし日本の伝統工芸品として室内のすだれは、結界のすだれは御簾として神社仏閣などで古来からの原形を残し、室礼のすだれはお座敷すだれというおもてなし用の室内調度品として使用されており、現在でもほとんどが国内生産です。
すだれの主要な素材である竹の産地、福岡県八女地方。有馬藩の下級武士の間で、農作業の副業として竹道具を作る竹細工産業が盛んになりました。すだれの生産は明治以降、十数件で行われていたとされています。
町屋建築が多い京都を中心に、室内の風通しを良くするための知恵として御簾を一般にも利用しやすいようにと工夫し考案されたのが、今日の「お座敷すだれ」です。大正時代以降、町屋が立ち並ぶ八女福島地区で、お座敷すだれの需要が高まり、八女すだれの生産は盛んに行われました。現在でも八女地方では、3社で生産されており、八女すだれ振興会として組織されています。
八女すだれは、八女地方の竹を使用し、八女地方で生産された福岡県知事指定特産民工芸品です。
鹿田産業はすだれを通して日本の伝統的な室礼文化を世界に伝えつづけます。
農耕民族であった日本人は、自然と共生し、自然万物を神とする八百万の神を信仰する神道を心の拠り所としています。
地球環境に配慮する技術に強みがある日本の現代技術は、八百万の神信仰によって脈々と受け継がれています。
自然のものを住まいに取り入れ、ハレの日の来客をもてなす室礼の文化をもつ日本人である私たちこそ、伝統技術であるすだれを世界に発信できるものと考えております。

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